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【掌編】永遠

 西に面した海、砂浜に沿った遊歩道をわたしが散歩していると、夕焼け色の砂の上に、黒い影が長く伸びていた。波打ち際に目をやると、逆光で後ろ姿しか見えないが、誰かが立っている。

   また見つかった、
   何が、永遠が、
   海と溶け合う太陽が。

 男の人の声だ。離れているが、まるで芝居の練習のように、はっきりと聞き取れる。
 確か、ランボーの詩、だっただろうか。
 石畳に目を落とし、再び歩き出す。影が視界の横をかすめていき、やがて見えなくなる。詩の続きを誦する声が、だんだん後ろに遠ざかっていく。
 そのまま散歩を続けるうち、また、長い黒い影が視界の端に入った。声が聞こえてくる。

   また見つかった、
   何が、永遠が、
   海と溶け合う太陽が。

 ――え。
 波打ち際を見ると、誰かが立っていることはわかるが、どんな人物なのかは全くわからない。でも、さっきの人の後ろは、通り過ぎた筈。仲間なのだろうか?
 そう思って、散歩を再開しようと前を見た。石畳で舗装された遊歩道はまっすぐに伸び、砂浜の上には一定の間隔で、無数の黒い影が長く伸びている。
 慌てて振り向く。背後にも、夕焼け色の砂と黒い影の、繰り返す縞模様。赤く染まった海で、太陽の下半分がゆらゆらと揺れている。
 ――何、これ。
 わたしは走り出す。前も後ろも、どこまでも続く道――果ての無い砂浜――まるで、永遠のように。

   また見つかった、
   何が、永遠が、
   海と溶け合う太陽が。

 たくさんの人の声が、そう、繰り返すのが聞こえる。

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【2016/07/30 10:37 】 | 掌編 | コメント(0)
【掌編】花の果て

 花が散る。

 はらはら、はらはら、桜の花が散る。

 夜。音もなく、雪が舞うかのように静かに降り積もり、月の光を浴びて、白くぼうっと浮かび上がる。
 桜並木の下には、一面の花びらの海。その真ん中で、ぼくたちは、春の死につつまれて、ただ立ち尽くしていた。
「……凄いね」
 ぼくがほうっとため息をつくと、隣の由貴哉(ゆきや)も、桜を見上げたままうなずいた。
「ああ。でも、この桜も今夜で見納めだな」
「そんなことないよ! また、」
 言いかけて、ぼくは言葉に詰まった。
 明日になれば、由貴哉は、遠くへと旅立ってしまう。次は、いつ会えるのか。そもそも、会えることなどあるのだろうか。
 ――また。
 そのあとにどんな言葉を続けても、嘘になってしまうような気がして、ぼくは、何も言えずにうつむくしかしかなかった。
 花びらが地面に落ちる音が聞こえるかのような、静寂。
「朔(さく)、」
 呼ばれて顔をあげると、由貴哉が、穏やかな笑顔で、ぼくを見ていた。
「――またな」
「由貴哉……」
 一瞬、泣きそうになったけれども。ぼくも、無理やりに笑って、答えた。
「うん。また」
 そうして、ぼくたちは、約束のない約束をした。

 もうすぐ、桜の季節が終わる。



〈了〉


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【2015/04/11 22:10 】 | 掌編 | コメント(0)
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