花が散る。
はらはら、はらはら、桜の花が散る。
夜。音もなく、雪が舞うかのように静かに降り積もり、月の光を浴びて、白くぼうっと浮かび上がる。
桜並木の下には、一面の花びらの海。その真ん中で、ぼくたちは、春の死につつまれて、ただ立ち尽くしていた。
「……凄いね」
ぼくがほうっとため息をつくと、隣の由貴哉(ゆきや)も、桜を見上げたままうなずいた。
「ああ。でも、この桜も今夜で見納めだな」
「そんなことないよ! また、」
言いかけて、ぼくは言葉に詰まった。
明日になれば、由貴哉は、遠くへと旅立ってしまう。次は、いつ会えるのか。そもそも、会えることなどあるのだろうか。
――また。
そのあとにどんな言葉を続けても、嘘になってしまうような気がして、ぼくは、何も言えずにうつむくしかしかなかった。
花びらが地面に落ちる音が聞こえるかのような、静寂。
「朔(さく)、」
呼ばれて顔をあげると、由貴哉が、穏やかな笑顔で、ぼくを見ていた。
「――またな」
「由貴哉……」
一瞬、泣きそうになったけれども。ぼくも、無理やりに笑って、答えた。
「うん。また」
そうして、ぼくたちは、約束のない約束をした。
もうすぐ、桜の季節が終わる。
〈了〉
『夜な夜な短歌コミュ 1周年記念歌集』掲載の華さんの作品、「春の死につつまれたままぼくたちは約束のない約束をする」をもとに、勝手に書いた物です。すみません。
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