BBSに「四月ウサギのティーパーティー」というタイトルをつけていることからも推察できるかもしれないが、私は割とアリスが好きだ。だがよく考えてみると、子供向けの簡単化された絵本みたいなのしか読んでないのである。一度ちゃんと読んでみようと思い立ち、昨秋、新潮文庫版の『不思議の国のアリス』(訳・矢川澄子)を買った。で、第一印象は……
アリスって性格悪い。 絵本ではそこまで描写されていなかったのだが、アリスは想像力豊か、言い換えると妄想が激しい女の子である。〈ワタシヲオノミ〉と書かれた瓶の薬を飲んで身体が縮退したり、ケーキを食べて巨大化したりするうちに「私は私じゃなくなっちゃったんじゃないか」と考え始める。じゃあ自分は誰になっちゃったんだろう、と知り合いの女の子の名前を何人か挙げてみるのだが、 「それから、メイベルってはずもないわ。だってあたしはこの通り、なんでも知ってるけれど、メイベルときたら、そうよ、あの子なんて、ほんとに何も知らないんだもの」 「あたし、やっぱりメイベルなんだ。これからは、あんなみすぼらしいちっちゃな家に住んで、ろくにあそぶおもちゃもなくて、そのうえ、いやってほど勉強しなくちゃならないなんて!」 ――ね、性格悪いでしょ?
そして今夏、『鏡の国のアリス』を買った。『鏡の国』を読むのは今回が初めてである(CLAMPのマンガ『鏡の国の美幸ちゃん』なら読んだことあるがな)。相変わらずアリスの妄想は暴走しているけれども、前ほど性格は悪くない。しかし……
誰かチェスのルールを説明してくれ! 物語全体がチェスのゲーム通りに進行しているため、それを理解しないと面白くないのである。白の「歩」だったアリスが女王になるというのは、将棋の歩が裏返って金になるのと同じなのか? 『不思議の国』でもそうだったが、アリスはしょっちゅう詩を暗誦する。だが私はその大半を知らないので、それが話の下敷きになっていることがわからない。マザーグースのハンプティ・ダンプティだけはかろうじて知っていたが、ソックリダム&ソックリディーの双子って何者だ。何ゆえユニコーンとライオンが王冠を奪い合っているんだ? しかし、『鏡の国』で一番気になったのは、訳者の矢川氏による解説である。キャロルの本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジスンといい、オックスフォード大学の教授をしていたのだが、 〈伝記によればこの独身数学者は、生涯にわたっておびただしい数の少女たちと親交を結んでいたらしいのですから。それらの少女たちあてのナンセンスな手紙や、彼女らをモデルにしてみずから撮影した写真なども、いまではいくらでも手に入れることができます〉 〈これで見てもわかるとおり、ドジスン教授の関心の対象は終始、一貫して春のめざめのまえのごく一時期の女の子たちでした。成人女性とのおつきあいは彼の最も苦手とするところで、もちろん結婚など論外だったでしょう〉 ――ただの怪しいおじさんとしか思えないのは私だけだろうか。 とはいえ、『不思議の国』も『鏡の国』も言葉遊びが盛り沢山で、原書ではどう書いてあるんだろうと興味深いところがたくさんあった。日本語版も訳者によって相当違うことが予想されるので、角川やら筑摩やらの版も集めて読み比べてみたい気もする。 (2003.8.20追記) Humpty Dumpty sat on a wall, Humpty Dumpty had a great fall. All the king's horses, And all the king's men, Couldn't put Humpty together again. ハンプティ・ダンプティ へいにすわった ハンプティ・ダンプティ ころがりおちた おうさまのおうまをみんな あつめても おうさまのけらいをみんな あつめても ハンプティを もとにはもどせない (訳・谷川俊太郎) 昔、講談社の文庫本に挟まれていた栞に、イラスト付でこの詩が書かれていた記憶がある。(他には、「ひねくれおとこがおりまして……」とかいうのもあったよーな。) 私は、この谷川俊太郎訳のハンプティ・ダンプティが大好きである。ハンプティをもとにはもどせない。喪失感、とでもいうのだろうか。何をしても二度と取り戻すことができないという事実、それが何となく哀しくて、とても印象に残っている。 同じ詩を、『鏡の国のアリス』中で矢川澄子氏は下のように訳している。 ハンプティ・ダンプティ塀にのり ハンプティ・ダンプティすってんころん 王さまの馬や兵隊が総がかり それでもハンプティ・ダンプティ戻りゃせぬ ……やっぱり、谷川さんの訳が好きだなあ私は。 それはさておき、『鏡の国』の中でもハンプティ・ダンプティは塀に座っていて、アリスが降りたほうがいいんじゃないかと忠告する。だがハンプティは、王様が総がかりで助けに来ると約束してくれたから、と取り合わない。それどころか、 「どうだい、ぼくをよくごらんよ。王さまとじきじき口をきいたことのある、このおれさまをね。きみ、二度とこんな人物には会えないだろうよ。いや、べつに鼻にかけてるわけじゃない。その証拠に、握手させてやるぜ」 めちゃくちゃ鼻にかけてるだろうがお前!! ――『鏡の国』の性格悪いNo.1は、ダントツでコイツだと思ったのであった。 PR |
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