吉本ばなな『キッチン』(福武書店)。『キッチン』『満月-キッチン2』『ムーンライト・シャドウ』の3篇を収録。20代半ばの院生時代に観測所本棚で読んだが、今回、職場本棚で再読した。
これ、通常は“恋愛小説”に分類されるのだろうか? でも、主題は“恋愛”ではなくて、“大切な人との別離の克服”だよね。 個人的には、長野まゆみの初期作品(『少年アリス』等)と同系統だと思う。美しく磨き抜かれた文章と、現実感のない世界。もちろん長野作品に比べれば、我々が住む現実によく似ているけれど、わずかに位相が異なる平行世界のような。 ファンタジー、と自分の中で位置づけると、非常に納得できた。 以下ネタバレ注意。
1。第一印象は「よく人が死ぬ本だな(汗)」。『キッチン』の女子大生・桜井みかげは、両親が若死に。祖父母に育てられたが、祖父も死に、最近祖母が死亡。大学の一年後輩の田辺雄一は、生母が病死、“母”えり子と二人暮らし。『満月』で、その“母”も死んでしまう。
『ムーンライト・シャドウ』のさつきは、恋人・等が事故死。等の弟の彼女を送迎中の事故のため、弟は兄と恋人を同時に失った。謎の女性・うららも、恋人が死亡。 でもこれは、著者自身があとがきに〈昔からたったひとつのことを言いたくて小説を書き、そのことをもう言いたくなくなるまでは何が何でも書き続けたい。〉と書いている以上、当然の帰結ではある。家族や恋人を失った人々が、喪失から一歩踏み出すまでの物語群だから。 2。『キッチン』は、“家族小説”だと思った。天涯孤独になったみかげと、彼女が居候した田辺家との“疑似家族”。えり子と雄一は実の父子だが、父が整形して“母”になっているせいか、妙に疑似っぽく見える(但し、疑似が悪いわけではない)。みかげと雄一は恋人同士ではないが、恋愛を通り越して一足飛びに家族になったような、強い絆を感じる。 3。『キッチン』で雄一と別れた彼女・奥野が、昔から私は大嫌いだ(汗)。無自覚に「恋している私は、恋していないあなたより偉い」とでも思っているんじゃないか、みたいな態度の女性。 但し、奥野の身になれば「彼女持ちにも拘らず、自宅に若い女性(しかも同じ大学)を居候させる雄一は、めちゃくちゃ酷い男だ」ということは、今回理解した。 みかげは彼女の存在を知らなかったし、祖母を失って危うい精神状態だった点は斟酌するが、若い男性の家に転がり込むのは、他人に悪く言われても仕方がない状況だろう。しかし、みかげには自身の立場の自覚があるが、雄一は全く理解していないんだよね……。奥野が怒るのも無理はない。 しかし! 『満月』では元・彼女の筈だ。雄一とみかげがどんな関係だろうと口を出す筋合いはないし、みかげの職場に乗り込んで文句を言うのは全く擁護できない。口では、雄一のために彼から離れろと言うが、単に自分にとって目障りだからみかげに消えてほしいだけ。それなら、“雄一のため”なんて変な衣を着せずにストレートに言えばいいのだが、“(彼女ではなく)元彼女ではストレートに言う権利がない”ということは理解しているから、持って回った言い方になるのだろうな。 4。『満月』は、『キッチン』で一足飛びに家族になってしまったみかげと雄一が、えり子を失って、改めて恋愛感情を育むところから二人の関係を築き始めようとする物語だと思った。 5。『ムーンライト・シャドウ』は、さつきが実家住みの割には、恋人を失った彼女に対する、家族のスタンスが全然判らない。というか、さつきの目に、家族が全然映っていないのか? 死んだ等の思い出や、等の弟や知り合った謎の女性・うららとのエピソードは丁寧に語られるのに、家族の存在感が希薄。母は数回登場するけれど、ほとんどモブキャラに見える。等や弟が語る、彼らの両親のほうが人間味を感じられるくらいだ。 感想は以上。 PR |
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