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【感想】異形の者
ひかりごけ 武田泰淳『異形の者』(新潮文庫『ひかりごけ』収録)は、僧侶の資格を取るべく加行道場に籠もる修行僧の物語。自身、僧侶でもある著者の経験も反映されているのだろう。
 が。私が一番好きなのは、本題に入る前の、哲学者と、かつて“極楽の専門家”だった“私”の問答場面。「僕は地獄へ陥ちるんですよ」と勝ち誇ったように言う哲学者に、“私”は「人間はみんな極楽へ行くときまってるんですから」と言い返す。“極楽というブワブワした軟体動物”に、沈黙する哲学者。

 その“私”は、加行道場に入ったばかりの頃、中国僧・密海に問答を挑んだ。自分はこの世だけに興味がある、あの世の極楽などは絶対に嫌いだ。密海は答える、「しかし、汝もまたやがて極楽へとおもむくのである」
 ……ぞっとしたな。極楽が、こんなに気味悪いものだと思ったのは初めてだ。“私”は内心で叫ぶ。

 極楽へ? この俺が極楽へ。そしてそうときまってしまったら、それ以外に、何もなくなってしまうではないか。青春の悲しみも、歓喜も、毛髪もそそけだつ苦悩も、骨も肉もとろけ流れる快楽も。そうだ。私がわけのわからぬ外界の動きと自分自身のアメーバ的な蠕動のおかげで、こうやって、白衣黒衣の非人間的人間になりさがっている、まるで矛盾の標本のような、この存在の不安定さも、その骨にこたえるはずかしさも、そのシリアスな感覚も!

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【2006/06/05 21:00 】 | 感想日本文学 | コメント(0)
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