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【感想】空の境界
空の境界  一昨年の引越前に手放すか持っていくか迷って結局持ってきた、奈須きのこ『空の境界』(講談社文庫)。アニメ映画化されたので、知っている人は知っている小説だ。2年経って「誰か読むなら譲ってもいいかな」と思い始め、趣味の合う後輩に声をかけたところ話が成立したので、譲る前に再読した。
 うん、やっぱり橙子さん最高(感想はそこか)。前回手放すのを躊躇った理由は、偏に橙子さんが素敵過ぎるからである。が、何せ映画化までされた作品、もし今後再び読みたくなったとしても、再入手できる確率は高いだろう。
(全く同じ理由で最近、森博嗣『スカイ・クロラ』(感想)も譲ってもいい気がしてきた。)

 魔術師ならば誰もが到達するために人生を捧げる世界の真理、“根源の渦”。
 その根源の渦に近付くために血を重ねてきた両儀家の娘・式は、生まれつき、男性人格・織を内に持つ二重人格者だった。
 しかし式が交通事故に遭い、二年間の昏睡から目醒めたとき、織は死んでいた。替わりに式は、生きているモノの死線が視える能力を手に入れる。胸に空虚を抱えた式は、生の実感を得るため、殺し合いに身を投じる……。

 難解な設定と時系列バラバラのパズルみたいな物語構成で、“理解すること”に全精力を傾けた初読時。改めて読むとコレ、本筋は【ツンデレ美少女と普通の少年のベタ甘恋愛物】だわ(笑)。それはもう、どストレートな程に。続く。

(2011.2.10追記)
 主要登場人物。
 両儀式(りょうぎしき)。直死の魔眼の持ち主。人為的に二重人格者を生み出す家系。
 黒桐幹也(こくとうみきや)。式が高校1年の時のクラスメイト。
 蒼崎橙子(あおざきとうこ)。幹也の職場の所長。人形師にして魔術師。
 黒桐鮮花(こくとうあざか)。幹也の妹。橙子に弟子入りして魔術修行中。
 荒耶宋蓮(あらやそうれん)。元僧侶。橙子の魔術協会時代の学友。式を狙う、数々の事件の黒幕。
 周囲が非科学的な能力の持ち主ばかりなので、そういう意味では幹也は“普通”と言えなくもないが。
 純粋に言動だけ見ると、式や橙子の辞書に「常識」という言葉は存在しないので論外(汗)だが、幹也も充分、常人離れしていると思うんだよなぁ。自分では普通と思っているだろうが、普通の高校生は、動機はどうあれ式の家の前で1ヶ月毎晩張り込みしない。ドラッグに詳しかったり、売人に知人がいたりしないって。
 むしろ、鮮花のほうが普通。兄を異性として愛している、という点は珍しいが、彼女は他人との違いを自覚している。性格が攻撃的過ぎるから、私は鮮花嫌いだけれど(「新世紀エヴァンゲリオン」の惣流・アスカ・ラングレーが嫌いなのと同じ系統)。

 ここでふと、全員ではないが、色が名前についた人物が多いな、と思った。以下、各章ゲストキャラ。
 第1章、巫条霧絵(ふじょうきりえ)。彼女は色が含まれていないな。
 第3章、浅上藤乃(あさがみふじの)。藤色? 無関係?
 第5章、臙条巴(えんじょうともえ)。臙脂だと思う。
 第6章、黄路美沙夜(おうじみさや)。玄霧皐月(くろぎりさつき)。
 第7章、白純里緒(しらずみりお)。
 うん、やっぱり多い。名前というより苗字だ。巫条、浅上(浅神)、両儀などの特殊な家系は色じゃないみたいだけれど……と考えて、蒼崎も六代目であることに気付いた(汗)。続く。

(2011.2.11追記)
 少し話は戻る。
 式や橙子の辞書に「常識」という言葉は存在しないが、本人達も自分が他人と違うことは理解している。橙子は達観し過ぎた変人だが、目立ちたくないので表面上は世間に合わせている。で、式はそもそも世間に適応する気がない(汗)。

 以下ネタバレ注意。
 最後まで読んで思ったのは、最終章の敵・白純里緒が雑魚っぽい(汗)、ということである。
 根源の渦に到達するための道具として式の肉体を手に入れたい荒耶宋蓮が、式にぶつけた手駒の一人が白純なのだが。敵としての格も実力も圧倒的な荒耶が先に登場してしまったため、白純は見劣りし過ぎるんだよね。純粋に“式の戦闘シーン”の観点でも、浅上藤乃との戦闘のほうが良かったし。
 ただ、“式と幹也が高校1年の時の事件に決着を付ける”という物語上の必然として、最後の相手が白純でなければならなかった、ということは理解できる。
 仮に「根源の渦とは何か」等の魔術的要素が物語の主目的ならば、ラスボスは荒耶だった筈だ。荒耶と橙子の魔術問答は非常に面白かった。しかし作者は、白純との戦いを最後に選択した。
 作者が描きたかったのは、特殊な生い立ちの式が、異能力と日常とに折り合いを付け、幹也と生きていく人生を選ぶ物語。
 なので、本筋は【ツンデレ美少女と普通の少年のベタ甘恋愛物】だと認識したわけだ(笑)。続く。

(2011.2.16追記)
 私の場合『空の境界』上中下の中巻は、橙子さんを愛でるために読むと言っても過言ではない(笑)。糊の効いた白シャツに橙色のネクタイ、黒スラックス姿の社長秘書風美女。眼鏡をかけているときは柔らかい女性口調(一般向け)で、外すと男性口調(魔術師的言動)だが、個人的には是非、眼鏡のままでキツい事を言い放って頂きたい。
 一番のお気に入りは、劣等感から橙子を一方的に敵視する魔術師コルネリウス・アルバとの対決シーン。
 人形師の橙子は、自身と寸分違わぬ人形を作ることに成功した。現在活動中の橙子が死ぬと、休眠中の人形が覚醒し、蓄積した記憶を引き継ぐ。「これがあるのなら、今の自分は必要ない」と語る橙子に、アルバは反論する。
「仮に、キミと人間と全く同一の人形が作れたと仮定してもだ。それが出来たのなら、我々はさらに上の段階を目指すはずだ」
「だからさ。私とまったく同じ人形なら、私がいなくなった後も、私と同じように次の段階へ進むだろう。ほら――私がいなくても、結果は何も変わらない」

 転生したり憑依したりして元の魂が移動したのではない。同一の性能と記憶を持った別の脳にスイッチが入ったら、同一の言動をとる筈だ。オリジナルと全く同じ複製が存在するならば、仮にオリジナルが死んでもそれは蒼崎橙子だと言い切る、この、“自己”というものに対する割り切り方が素晴らしい。
(気が向いたら、自己の捉え方に関して士郎正宗『攻殻機動隊』の草薙素子といろいろ比較してみたい気分だ。)

 こんなに橙子さんが好きなのに、何故『空の境界』を他人に譲る気になったか。
 恐らく、ラスボスが荒耶であるような展開で、橙子がもっと活躍し(笑)、根源とか自己とかを追及する物語だったなら、手放そうとは思わなかった。要するに私、【ツンデレ美少女と普通の少年のベタ甘恋愛物】には興味ないのである。
 因みに、桜庭一樹『ブルースカイ』(感想)も、本書と同時に後輩に譲る予定。「作者の意図の範囲内ではよく出来た物語だが、私が望む方向性とは違った」という点で、本書と共通する。続く。

(2011.2.18追記)
 本書に登場する魔術師は皆、多かれ少なかれ思考回路が常人とは乖離している(乖離の方向は異なるが)。ただアルバは性格は悪い(笑)ものの、割と解り易い。だからこそ、魔術師として橙子や荒耶に劣るのだろうが。
 橙子は達観し過ぎた変人だが、第6章の玄霧皐月の場合は諦観、だと思う。
 “目で見た映像を記憶できない”という症状を持つ彼は、例えば人間ならば、その人物の特徴を身長・体重・髪型・言動などの単語として記憶する。誰かに会えば、相手の特徴と自分の中に保存されているデータとを照合し、合致すれば相手が誰か判る。髪型一つ変わるだけで、昨日会った相手も認識できない。
 記憶がデータでしかない彼は、過去の積み重ねに基づいて、未来の自分の行動を決定するという意志が希薄。だから外界の全てを抵抗なく受け入れ、“自己”がない。
 皐月はナイフで刺され、あと10分ほどで自分が死ぬであろうと分析する。その10分をどう過ごすかと考えた彼が、清々しく口にしたのが
「――そうだ。まずは、生まれる前について考えよう」
 ……末期の人間が考えることの「常識」など知らないから一概に言い切れないが、多分、変人だと思う。でも、彼が到達した結論は理解できる。私が『空の境界』で一番好きな台詞は、これなのだ。
「つまるところ、自分さえ生まれなければ、世界はこんなにも平和だった」
 この世に生まれてこなければ、人が苦悩することはない。というのは正論だよね。生まれたあとで、自分でどうこう出来る問題ではないんだけれど。

 魔術では、物事を決定付ける方向性を“起源”という。式の起源は“虚無”、鮮花は“禁忌”、荒耶は“静止”、白純は“食べる”らしい。だったら橙子や幹也や皐月は何かな、と考えるのは楽しいが、結論は出ないので、感想は以上。

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【2011/02/08 21:57 】 | 感想ライトノベル | コメント(0)
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