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【感想】阿片王 満州の夜と霧
阿片王―満州の夜と霧  柴田哲孝『下山事件最後の証言 完全版』(感想)には、事件に関与したと噂される会社社長へのインタビューが掲載されている。
 戦後、米諜報機関に対し〈日本人のエージェントはほとんどおれが紹介した。長光や、里見甫(戦時中に上海に里見機関を組織)、阪田誠盛(同阪田機関を組織)などもそうだ〉という証言を読んでいたので、〈アヘン密売のエキスパート〉とされる里見甫(はじめ)という人物に漠然と関心はあった。そこに、書店で佐野眞一『阿片王 満州の夜と霧』(新潮文庫)を見かけ、思わず購入。

 最初の衝撃は、戦時中の軍と民族学の関係。〈辺境地域に居住する民族を研究対象としてきた民族学は、その成立時から、軍事、とりわけ植民地統治の隣接領域という宿命を負っていた〉。国策機関として民族研究所が設立され、研究者が現地調査に赴く際には“昭和通商嘱託社員”の肩書を持った。昭和通商って、『最後の証言』の会社社長も絡んでいた戦時中の軍需商社(裏の顔は諜報組織)じゃないか……うああ(汗)。
 次。昭和40(1965)年の里見の死後、“芳名帳”には176名が名を連ねた。その顔触れが凄い。笹川良一や児玉誉士夫は解るが、岸信介、佐藤栄作って「阿片王」絡みで実名で参加して大丈夫なのか?
 ……この時点で、全十章の本の、まだ第一章である(汗)。続く。

(2009.7.30追記)
 里見甫(はじめ)の活動の前半は、満州でのメディア統合である。
 新聞記者を経て関東軍嘱託となった里見は、“一国一通信社”の国策に則り、昭和7(1932)年、満州にあった「聯合」「電通」の両社を統一させる(当時の電通は広告と通信の機能を兼ね備えていた)。それを契機に、国内でも一通信社化が進められ、昭和11(1936)年「同盟通信」発足。電通は通信網を奪われ、現在の広告専業会社の形になる。同盟は戦後、共同通信と時事通信に分割された。〈里見は、現在の日本のメディア体制の基本的枠組みを満州でつくったともいえる〉
 ……当然のことなんだけど、戦時中と現在の日本って繋がっているんだなぁ、とつくづく思う。

 そして後半が、上海での阿片工作。
 おどろおどろしく「阿片王」などと呼ばれた里見だが、本を読めば、阿片で私腹を肥やしていたわけではないことは解る。関東軍としての機密事項だが、軍人が直接手を染めぬよう、民間人に汚れ仕事を任せたのだ。
 歴史の授業で習ったので、中国で阿片戦争が起きたことは知っている。しかし、以後の中国にも阿片は存在し続けているという認識が、私には全くなかった。
 敗北後、清は阿片貿易を認めさせられ、大量の銀が英国へと流出。このままでは国が滅亡する。阻むには、自国でケシを栽培し阿片を生産するしかなかった。輸入は激減したが、国内により一層、阿片は蔓延する。
 日本が台湾を植民地経営する際も、頭を痛めたのは阿片だった。〈現地民の間にアヘン吸引の風習が定着した台湾〉において台湾総督府は、〈ゆるやかに禁止してゆき、最終的に根絶を目指す漸禁主義〉、をとる。それは、総督府による阿片専売ということでもあった。
 阿片戦争後の中国では、公の側も、阿片と拘らないわけにはいかないのだ。続く。

(2009.7.31追記)
 里見が中国の闇社会と深く接しており、阿片売買の利益が関東軍の特務資金となっていたのも確かだが。
 敗戦後、帰国した里見はGHQに、民間人第一号のA級戦犯容疑者として逮捕された。取り調べで、〈アヘン売買による利益は日本の興亜院が管理し、三分の一が南京政府の財務省に、三分の一がアヘン改善局に、残り三分の一が宏済善堂に分配されたこと、ペルシャ産アヘンの海上輸送には危険がともなったため、日本の外務省と軍の保証がなければ不可能だったこと〉を証言する。宏済善堂は里見の阿片販売組織だが、他は公的機関ばかり。ここまで来ると、裏なんだか表なんだか。
 また、とある映画監督は戦時中に、里見の腹心から〈国民政府主席の蒋介石から阿片の権利をあずかり、(中略)阿片で得た利益の半分を蒋介石の伯父さんという人を通じて蒋介石に渡し、四分の一は日本側中国主席の王精衛(汪兆銘)が取って日本占領地区の統治費用に使い、残りの四分の一の八分を軍部に納めて〉と聞いている。ここまで来ると、敵味方はどうなっているんだ(汗)。
 里見は証人としては東京裁判の法廷に立ったが、自身は起訴されなかった。彼が被告人として裁かれると、“戦勝国”中国の蒋介石政権も無傷では済まなくなるため、と著者は推測している。

 東條英機が東京裁判の際、弁護人に〈もし希望を言うことが許されるならば、この裁判は昭和三年来の事柄に限って審理しているが、阿片戦争までさかのぼって審理されたら、この戦争の原因結果がよくわかると思う〉と言ったそうである。
 阿片戦争は、歴史の教科書上で終わった事件ではないんだ、と考えさせられる本であった。以上。

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【2009/07/29 21:58 】 | 感想NF | コメント(0)
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